小松一三
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日本テレビにディレクターとして入社し番組制作に参加、東京12チャンネルプロダクション(現在のテレビ東京)、広告業社員などを経て1970年にフリーでテレビやラジオの番組制作に携わりつつ、雑誌等のフリー記者を始める。1976年に新潟放送(BSNラジオ)で放送されていた「ハロー!!ジャンボサタデー」で「アイ・ウエオ」というネームを使い本格的にラジオパーソナリティの仕事をはじめ、1979年[2]に熊本に拠点を移し、テレビ・ラジオの番組制作を手がける。
熊本放送(RKKラジオ)で1985年(昭和60年)から10年間放送してきた平日昼の帯番組「こちら九州ラジオ村」で、ラジオ村の「村長さん」という肩書きで番組パーソナリティーを務めた。のちにこの番組をタイトルそのままに週1回1時間とした放送で出演していたほか、独自にねとらじを利用してインターネットラジオを立ち上げ、夜間帯に1時間の自主制作放送を行っている。
また刑務所への奉仕活動(1981年(昭和56年)から行っている[3])を行ったり、山鹿市にて市民講座の講師を務めるなど幅広く活動している。