小松武平
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長野県諏訪郡米沢村(現在の茅野市大字米沢にあたる)の鋳物師屋に笹岡初右衛門、わかのの二男として生まれる[1]。
- 1905年(明治38年) 米沢村埴原田の小松家に入籍し、いさのと結婚。
- 1905年(明治38年)東京高等師範学校を卒業。同年、大阪の新設第四高等小学校の訓導兼校長として赴任。
- 1916年(大正5年)長野県上田中学(現長野県上田高等学校)校長として赴任[2]。
- 1919年(大正8年)長野県諏訪中学(現長野県諏訪清陵高等学校)校長として赴任。
- 1921年(大正10年)10月4日から22日まで、全国中学校校長会の朝鮮・満州視察旅行に参加[3]。
- 1923年(大正12年)長野県松本第二中学(現長野県松本県ヶ丘高等学校)初代校長として赴任。
- 1929年(昭和4年)松本二中生徒2名が美ヶ原遠足で遭難死。
- 1930年(昭和5年)松本二中生徒遭難事故対策で疲労激しく病臥し、在職中に逝去。
