小松緑
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陸奥国会津地方(福島県)出身。鹿目政恒の長男で、会津藩士・小松光明の養子として絶家を再興する[2]。慶應義塾を卒業[1]後、米国に留学し、政治学をまなんだ[1]。留学期間は8年に及びエール大学で法学士、プリンストン大学でマスターオブアーツを取得[3]。帰国後は明治学院教授を短期間務め[3]たのち外務省にはいり、駐米日本公使館の書記官や朝鮮総督府の外務部長などを歴任した[1]。日露戦争では遼東守備軍司令部付であった。1916年(大正5年)総督府中枢院書記官長を最後に退官、その後は著述家として活動した。

1927年(昭和2年)、「櫻雲閣主人」の名で『明治史實外交秘話』を中外商業新報社より刊行している[注釈 1]。1936年(昭和11年)には伊藤博文の言葉を集めた『伊藤公直話』の編集をおこない、千倉書房より出版した。1929年(昭和4年)、スイスのジュネーヴで開かれた国際労働会議[注釈 2]では、資本家代表の顧問として出席している[1]。会津会会員。春畝公(伊藤博文)追頌会理事[2]。
