小林忠兵衛 From Wikipedia, the free encyclopedia 小林 忠兵衛(こばやし ちゅうべい、嘉永3年(1850年)11月 - 1927年10月17日[1])は、日本の実業家。小林盛大堂(現在の小林製薬)の創業者。藤井得三郎商店(現在の龍角散)とともに販売ルートを確立していった[2]。 美濃国本郷(現在の岐阜県羽島市)に生まれた。族籍は愛知県平民。 名古屋の奉公先から独立。 1886年、名古屋市中区門前町に、雑貨や化粧品の店として「合名会社小林盛大堂」を創業。創業当時は家庭用品の卸売り事業が中心であった[3]。 1894年(明治27年)には製薬業に進出。 家族 出典は人事興信録の第4版と第8版によるもの。藤井家は代々秋田の大曲に住んでいたという[4][5]。 父親 忠左衛門の三男(今の岐阜県出身[6]) 息子 長男:吉太郎[6] 妻:たま(足立長右衛門の次女)[6] 次男:米次郎(藤井得三郎商店の養子となる[4][5]) 妻:千代(藤井得三郎 (初代)の長女[4][5]) 三男:房五郎[6] 遠縁 藤井正太郎(千代の弟[4][5]) 妻:ふく(神矢肅一の三女) 沖野忠雄(ふくの叔父。神矢の弟) 森垣亀一郎(ふくの姉・ふみの夫[7]) エピソード 2018年1月号(冬号)の『プレジデントファミリー』の中で、龍角散社長の藤井隆太のインタビュー記事によると、「うちや小林製薬さん、久光製薬さんといった同族経営の製薬メーカーは、一緒にビジネスをしたり、系図をたどると遠縁にあったりと関係が深いです。」と発言している。 系譜図 小林忠左衛門 足立長右衛門 小林忠兵衛小林盛大堂創業者 たま 小林吉太郎株式会社初代社長(在任 1919-1948) 米次郎 房五郎 小林映子第3代社長(在任 1958-1976) 小林三郎第2代社長(在任 1948-1958) 小林一雅第4代社長(在任 1976-2004) 小林豊第5代社長(在任 2004-2013) 小林章浩第6代社長(在任 2013-2024) 出典[8][9] 出典 [脚注の使い方] ↑ 『官報』第598号、1928年12月24日。 ↑ ときには社員の敵として矢面に立つ覚悟 | 月刊「事業構想」2013年4月号 ↑ 「会社学」のすすめ 横田好一郎 PHPビジネス新書 ISBN 978-4-569-65950-3:14 1 2 3 4 人事興信録第4版、藤井得三郎 1 2 3 4 人事興信録第8版、藤井得三郎 1 2 3 4 人事興信録8巻、小林忠兵衛より ↑ 人事興信録8巻、森垣亀一郎より ↑ 日本経済新聞 小林製薬会長 小林一雅さん 2012年3月13日記事 2020年3月24日閲覧 ↑ 薬事日報 小林章浩専務の社長昇格を内定 小林製薬 2013年3月11日記事 2020年3月24日閲覧 表話編歴小林製薬社長小林盛大堂 小林忠兵衛 1886-1919 小林大薬房 小林吉太郎 1919-1948 小林三郎 1948-1956 小林製薬 小林三郎 1956-1958 小林映子 1958-1976 小林一雅 1976-2004 小林豊 2004-2013 小林章浩 2013- Related Articles