小江慶雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1911年9月8日 日本 滋賀県東浅井郡湖北町尾上(現・長浜市湖北町尾上)死没 (1988-11-07) 1988年11月7日(77歳没)出身校 九州帝国大学(現・九州大学)おえよしお・おおえよしお 小江慶雄生誕 1911年9月8日 日本 滋賀県東浅井郡湖北町尾上(現・長浜市湖北町尾上)死没 (1988-11-07) 1988年11月7日(77歳没)出身校 九州帝国大学(現・九州大学)テンプレートを表示 小江 慶雄(おえ よしお/おおえ よしお、1911年 <明治44年> 9月8日 - 1988年 <昭和63年> 11月7日[1])は日本の考古学者。位階は従四位。 1911年滋賀県東浅井郡湖北町尾上(現・長浜市湖北町尾上)に生まれる。1933年九州帝国大学法文学部入学[2]。考古学を学び、1936年に卒業[3]。1948年、京都師範学校教授[4]となり、ついで京都学芸大学で考古学を教え、後進の指導も熱心に行なった。京都学芸大学学長に就任後も精力的に国内外の遺跡調査に奔走した。 1983年勲二等瑞宝章受章[5]。1988年死去。死没日付をもって従四位に叙された[6]。 水中考古学研究に尽力 1970年代以降に地中海を中心として調査が進められていた欧米の水中考古学を幅広く日本の考古学会に紹介し、島国である日本における水中遺跡調査の必要性を積極的に教授したが、当時は陸上の遺跡調査が優先であって協力・賛同を得ることは困難であった。特に郷里の葛籠尾崎湖底遺跡の研究では多数の土器の調査・分析をし、琵琶湖周辺に関する湖中遺跡の研究に尽力した[1]。 共訳・著書 水中考古学研究(1967年) 海の考古学 - 水底にさぐる歴史と文化(1971年) 沈黙の日本史 - 古代人は何を考えていたか(1973年) 謎の古代文明 チャールズ・ベルリッツ著 小林茂との共訳(1974年) 琵琶湖水底の謎(講談社現代新書) (1975年1月) 海底の文化遺産 - エーゲ海古代沈船発掘記 ジョージ・F・バス著 小林茂との共訳(1977年6月) シルクロード発掘秘話 ピーター・ホップカーク著 小林茂との共訳(1981年8月) 水中考古学入門 NHKブックス421(1982年1月) 脚注 1 2 「考古学界ニュース 学界」『季刊考古学』第26号、雄山閣、1989年、107頁、ISSN 0288-5956。 ↑ 『官報』第1917号、昭和8年5月25日、p.724.NDLJP:2958389/9 ↑ 『九州帝国大学一覧 昭和11年』九州帝国大学、1936年9月30日、478頁。NDLJP:1451808/247。 ↑ 『官報』第6415号、昭和23年6月25日、p.30.NDLJP:2962948/3 ↑ 『現代物故者事典 1988~1990』(日外アソシエーツ、1993年)p.118 ↑ 昭和63年 1988年12月7日付 官報 本紙 第18537号 6頁 関連項目 琵琶湖遭難事故 海洋考古学 表話編歴京都教育大学学長(1975年 - 1977年) 京都学芸大学長 横田純太 1949-1953 山内得立 1953-1959 野尻重雄 1959-1965 武居三吉 1965-1966 京都教育大学長 武居三吉 1966-1971 事務取扱/学長 岸田武夫 1971/1971-1975 小江慶雄 1975-1977 林保 1977-1983 川端博 1983-1987 蜂須賀弘久 1987-1993 加茂直樹 1993-1999 井本伸廣 1999-2001 村田隆紀 2001-2005 寺田光世 2005-2009 代理 武蔵野實 2009 位藤紀美子 2009-2016 細川友秀 2016-2020 太田耕人 2020- カテゴリ メディア 京都教育大学 京都教育大学 人物 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館アメリカ日本その他IdRef この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。表示編集 Related Articles