水戸藩士・小澤多久衛門篤行の子として水戸田見小路(現北見町)に出生。水戸藩に仕えた千葉周作の下で剣術の修行を積んだという。その後水戸藩校・弘道館の剣術方教授を務め、藤田東湖ら水戸学学者と親交を持った。嘉永4年(1851年)弘道館における全74試合に及ぶ剣術試合の中で、無念流の菊池剛蔵と対戦した[1]。
廃藩後、日本伝統の士風の衰頽を憂い、明治7年(1874年)1月1日、自邸に道場「東武館」を開く。北辰一刀流剣術、新田宮流抜刀術を指南し、門下から内藤高治、門奈正らを輩出した。
政治家としては茨城県会議員を2期務めた。
平成17年(2005年)、全日本剣道連盟の剣道殿堂に顕彰された。