小沼靖 From Wikipedia, the free encyclopedia 小沼 靖(おぬま せい、1909年(明治42年)7月4日 - 1983年(昭和58年)2月14日)は、日本の実業家である[1][2]。青森放送の代表取締役社長を務めた[1][2]。 青森県青森市に生まれる[2]。1927年(昭和2年)に青森師範学校(現在の弘前大学教育学部)卒業後[1][2]、12年の空白を経て1939年(昭和14年)に同盟通信社の函館支局に勤めた[2]。1943年(昭和18年)に東奥日報社に転勤し[1][2]、論説委員等多くの職にあたる[1]。 1953年(昭和28年)にラジオ青森(現在の青森放送)の開局と同時に入社し[1]、1964年(昭和39年)には同局の専務取締役に就任した[2]。1970年(昭和45年)には[1]、民放初のローカル報道番組であった「RABニュースレーダー」の製作に携わり[1]、翌1971年(昭和46年)より青森放送代表取締役を務める[1][2]。1976年(昭和51年)には日本民間放送連盟の副会長も就任した[2]。 栄典 藍綬褒章(1974年) 勲三等瑞宝章(1979年) 脚注 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “小沼靖”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)株式会社DIGITALIO. 2023年2月19日閲覧。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “小沼 靖”. 20世紀日本人名事典(日外アソシエーツ)株式会社DIGITALIO. 2023年2月19日閲覧。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles