小碓
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地理
名古屋市港区の北部に位置し、東に正徳町と正保町、西に明正、南に当知と入場、北に中川区西中島と中野新町と接する。小碓一丁目の北東部には小碓町字西亥新田が存在する。
港区小碓町字三十三番割は庄内川とその東岸に存在し、東は明正、西は下之一色町字三角、南は当知町字堤外、北は下之一色町字干潟に接する。字十二番割・十三番割・東亥新田は中川運河の河川用地に残存し、東及び南は熱田新田東組字西川縁、西は玉船町、北は中野新町字ルノ割に接する。字南堤起は本宮町と川西通に挟まれた区画に存在する。また字十四番割は須成公園南部のごく僅かな区画に残存する。
中川区小碓町は、僅かな区画に残るのみである。字十六番割は、松年町と昭明町に挟まれた区画に存在する。字十七番割は、昭明公園西部に存在し四方を昭明町に接する。字十八・九ノ割は中部鋼鈑の本社工場の敷地内に存在し、東・南・北は小碓通、西は明徳町に接する。
字一覧
以下の表において、
- 消滅した字については背景色 で示す。
- 現存する字のうち港区に所在するものには★を、中川区に所在するものには■を付した。
- 括弧内には読みを示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 荒子川通(あらこかわどおり) | 三十一番割(さんじゅういちばんわり) |
| 三十三番割(さんじゅうさんばんわり)★ | 三十二番割(さんじゅうにばんわり) |
| 三十番割(さんじゅうばんわり) | 十五番割(じゅうごばんわり) |
| 十三番割(じゅうさんばんわり)★ | 十七番割(じゅうしちばんわり)■ |
| 十二番割(じゅうにばんわり)★ | 十八・九ノ割(じゅうはちくのわり)■ |
| 十四番割(じゅうよんばんわり)★ | 十六番割(じゅうろくばんわり)■ |
| 西亥新田(にしいしんでん)★ | 二十一番割(にじゅういちばんわり) |
| 二十九番割(にじゅうくばんわり) | 二十三番割(にじゅうさんばんわり) |
| 二十二番割(にじゅうにばんわり) | 二十八番割(にじゅうはちばんわり) |
| 二十番割(にじゅうばんわり) | 二十四七番割(にじゅうよんしちばんわり) |
| 東亥新田(ひがしいしんでん)★ | 南堤起(みなみつつみおこし)★ |
歴史
熱田新田西組を前身とする。
町名の由来
行政区画の変遷
熱田新田西組
小碓町
- 1921年(大正10年)
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 港区に編入され、同区小碓町となる[1]。
- 1938年(昭和13年)
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 港区小碓町の一部が中川区小碓町に編入される[1]。
- 1960年(昭和35年)3月20日 - 中川区小碓町字十五番割の一部を同区松年町1丁目から5丁目に、字十三番割の一部を松年町4丁目・5丁目に、字十七番割の一部を同区小碓通1丁目から5丁目・昭明町1丁目から5丁目に、字十八・九ノ割の一部を小碓通1丁目から5丁目に、字十四番割字の一部を松年町1丁目から5丁目に、字十六番割の一部を松年町1丁目から5丁目・昭明町3丁目から5丁目に、字東亥新田の一部を松年町1丁目・昭明町1丁目にそれぞれ編入[8]。小碓土地区画整理組合の換地処分による(愛知県告示158号)。
- 1961年(昭和36年)3月28日 - 中川区小碓町の一部が同区明徳町・正保町・正徳町にそれぞれ編入される[9]。
- その他、正保町・正徳町・明徳町・川間町・小割通・丸池町・須成町・川西通・明正一丁目・明正二丁目・入場町・小碓一丁目・小碓二丁目・小碓三丁目・小碓四丁目・新船町・当知町・本宮町・中川区福船町・玉船町・西中島二丁目にそれぞれ編入されている[1]。
小碓一丁目から小碓四丁目
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 14]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 15]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 小碓一丁目 | 全域 | 名古屋市立明徳小学校 | 名古屋市立当知中学校 | 尾張学区 |
| 小碓二丁目 | 全域 | |||
| 小碓三丁目 | 全域 | |||
| 小碓四丁目 | 全域 | |||
| 小碓町字三十三番割 | 全域 | |||
| 小碓町字西亥新田 | 全域 | |||
| 小碓町字十四番割 | 全域 | 名古屋市立成章小学校 | 名古屋市立港明中学校 | |
| 小碓町字南堤起 | 全域 | |||
| 小碓町字東亥新田 | 全域 | 名古屋市立正保小学校 | 名古屋市立港北中学校 | |