小磯進 From Wikipedia, the free encyclopedia 小磯 進(こいそ すすむ、1852年(嘉永5年11月) - 1927年(昭和2年)11月10日[1])は、日本の衆議院議員(山下倶楽部)。内務官僚。戦中の首相である小磯國昭の父。 新庄藩出身[2]。小磯家の禄高は200石を超えていた[3]。 藩校で学んだ後、栃木県警部、同属、島根県属、内務属、山形県最上郡長、南村山郡長を歴任した[1]。 1898年(明治31年)、第5回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。 その後、群馬県警察部長、岡山県警察部長、三重県警察部長を歴任した(戦前の府県警察部長は、現在の道府県警察本部長に相当)[1]。 栄典 1902年(明治35年)3月31日 - 正六位[4] 親族 小磯國昭 - 長男[5]。陸軍大将・内閣総理大臣。 小磯忠之輔 - 弟[2]。弁護士・衆議院議員。 脚注 1 2 3 議会制度七十年史 衆議院議員名鑑 1962. 1 2 山形名誉鑑 上巻 1891, pp. 39–41. ↑ 八幡 2014, 第二八代 小磯国昭(こいそ・くにあき):東条を追い出したものの小物すぎて展望開けず ↑ 『官報』第5619号「叙任及辞令」1902年4月1日。 ↑ 『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。 参考文献 八幡和郎『歴代総理の通信簿:国家の命運を託したい政治家とは』(Amazon Kindle版)PHP研究所、2014年。 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。 諏方武骨『山形名誉鑑 上巻』1891年。 Related Articles