小笠原宗長 鎌倉時代後期の武将。従五位下、信濃守、治部大輔、右馬助(または左馬助)。小笠原氏6代。子に宗隆。 From Wikipedia, the free encyclopedia 小笠原 宗長(おがさわら むねなが)は、鎌倉時代後期の武将。 時代 鎌倉時代後期 - 末期生誕 文永9年12月6日(1273年1月3日)[1]死没 元徳2年9月6日(1330年10月26日)[1]別名 豊松丸(幼名)、孫次郎(通称)、順長(号)[2][1]概要 凡例小笠原 宗長, 時代 ... 凡例小笠原 宗長時代 鎌倉時代後期 - 末期生誕 文永9年12月6日(1273年1月3日)[1]死没 元徳2年9月6日(1330年10月26日)[1]別名 豊松丸(幼名)、孫次郎(通称)、順長(号)[2][1]官位 従五位下、信濃守、治部大輔、右馬助(または左馬助)[2][1]幕府 鎌倉幕府主君 北条貞時父母 父:小笠原長氏、母:伴野長房娘兄弟 宗長、泰氏、矢田長綱、丸毛兼頼、山中政宗、常葉光宗、赤沢長興、津毛経氏妻 中原経行娘[2][1]、赤沢政常娘[3]子 貞宗、貞長、宗隆、娘(武田氏信室)テンプレートを表示閉じる 来歴 信濃国松尾に生まれる。弘安7年(1284年)1月11日に元服[1]。永仁4年(1296年)8月18日、父・長氏より小笠原流の紛方の伝授を受けた。徳治2年(1307年)の「円覚寺毎月四日大斎番文」の四番に「小笠原孫次郎」が見え、『尊卑分脈』などから宗長のこととされている。元亨3年(1323年)2月15日に出家。元徳2年(1330年)9月6日、59歳で死去[2]。 系譜 父:小笠原長氏 母:伴野長房娘 妻:中原経行娘 男子:小笠原貞長 妻:赤沢政常娘 生母不明の子女 男子:小笠原貞宗 男子:宗隆 女子:武田氏信室 参考文献 出典 [1]「小笠原系図」(『系図綜覧』(国書刊行会、1925年)p.315) [2]『寛政重修諸家譜 巻第百八十七』 [3]小笠原貞宗 - 朝日日本歴史人物事典 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks