小西一家
兵庫県神戸市に本部を置く暴力団
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来歴
初代小西組
1945年の終戦直後、小西豊勝は別府~大阪間を結ぶ関西汽船にて船内賭博を行って資金を得ていた。その後、小西豊勝は、警察の取締りで、関西汽船内での船内賭博ができないようになり、別府市に移った。小西豊勝は、別府にて小西組を結成した。
二代目小西組・初代小西一家
1965年(昭和40年)5月、小西豊勝組長が本多会組員に刺殺された。これに伴い弟の小西音松が二代目を継承。その後、二代目小西組を『小西組一家』に改称した[2]。
二代目小西一家
落合二代目は、抗争で傘下の組構成員が殺害されたことから、報復のため、2008年(平成20年)4月、埼玉県ふじみ野市で多数の小西一家組員と共謀し、住吉会系組幹部(当時35)を射殺した[3]。
『埼玉抗争』[4]で落合二代目総長および若頭小濱秀治以下40人以上の組幹部らが逮捕され、2013年(平成25年)7月18日にさいたま地方裁判所(多和田隆史裁判長)は落合二代目に無期懲役(求刑 無期懲役)、罰金3千万円の判決を言い渡した[3]。その後、2017年(平成29年)12月、最高裁は落合二代目の上告を棄却、一審・二審の判決が確定。2018年(平成30年)6月に最高裁で二代目若頭の小濱秀治(二代目堀政連合会長)も無期懲役が確定した。
三代目小西一家
留守を守っていた小牧利之二代目総長代行が2018年(平成30年)7月5日に三代目小西一家総長に就任、同時に獄中の落合二代目総長は総裁、小濱二代目若頭は最高顧問に就任した[5]。この人事には、組織固めを急ぐ六代目山口組と、一家を維持しようという落合二代目総長の意向が働いたとされる。
2026年(令和8年)4月21日、暴力団が関与した還付金詐欺グループを捜査している静岡南警察署と静岡県警組織犯罪対策課、富山県警、鳥取県警、香川県警の合同捜査本部は、首謀者の一人とされる六代目山口組小西一家系組長(41(22日付報道では42[6])富山市生まれ)を電子計算機使用詐欺や窃盗などの疑いで逮捕した[7]。警察によると、小西一家系組長は、すでに逮捕されている共犯者らと共謀し、2023年(令和5年)10月5日、静岡市駿河区に住む60代男性の自宅に年金事務所職員などをかたって「年金の過払い金がある」などとうその電話をかけ、詐欺グループが管理する口座に現金約100万円を振り込ませた、などの疑いである[6]。小西一家系組長は、詐欺グループ内で「リクルーター」を管理する役割や「出し子」が回収した現金の管理などを担う首謀者の1人だったとみられている[6]。この事件を巡っては、2024年(令和6年)に住吉会系組員など詐欺グループのメンバー5人が「受け子」や「出し子」をしていたとしてすでに逮捕されている[8]。住吉会幸平一家が関わる詐欺事件の捜査過程でこの小西一家系組長の関与が浮上した[8]。警察は複数の暴力団が組織の垣根を越えて手を組み、特殊詐欺を行っていたとみて捜査している[8]。
歴代総長
- 小西組組長 - 小西豊勝
- 小西一家初代 - 小西音松(三代目山口組若中、四代目山口組舎弟、五代目山口組顧問)
- 小西一家二代目 - 落合勇治(六代目山口組若中→三代目小西一家総裁)[1]
- 小西一家三代目 - 小牧利之(六代目山口組若中)