小野和子 (バドミントン選手) From Wikipedia, the free encyclopedia 小野 和子(おの かずこ、旧姓:後藤、1946年(昭和21年)1月28日[1] - )は、新潟県新潟市出身の女子バドミントン選手。 新潟市立沼垂小学校、新潟市立宮浦中学校、新潟県立新潟中央高等学校卒業[1]。3年時にはインターハイの女子シングルスに出場、決勝で山形城北女子高等学校(現山形城北高等学校)に敗れるものの準優勝[2]、同年の国体でも準優勝を飾っている[3]。卒業後は日本電信電話公社へと入社し、練習は高校で行った。 全日本にも選ばれ第4回ユーバー杯(1966年)に出場し、これまでの優勝国アメリカ合衆国を破って日本の優勝に貢献した。翌年に開催された第5回ユーバー杯にも出場し、連覇を果たした。 現在は新潟県小学生バドミントン連盟の理事[4]や新潟県バドミントン協会普及委員長を務めている[5]。 出典 1 2 『新潟県人名鑑』140頁。 ↑ 全国高校総体バドミントン競技 栄光のあと ↑ 国民体育大会バドミントン競技の過去の栄冠 ↑ 新潟県小学生バドミントン連盟(役員名簿) ↑ 平成17年度 バドミントン教室(U-10)開催のお知らせ 参考文献 新潟日報事業社出版部編『新潟県人名鑑』新潟日報事業社、1991年。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。表示編集 Related Articles