井手町に伝わる伝承では、小野小町は、晩年を井提寺(円提寺)に住み、玉川堤を散策したと伝えられる。小町の墓と伝えられる塚は、玉津岡神社参道の右脇にあり、周囲を石垣で囲った土壇上の礎石の上に、ほぼ立方体をした自然石を四個積み重ねている。この塚石は、井提寺(円提寺)の礎石とも伝えられる[1][2]。
1143年(康治2年)「山城国井堤郷旧地全図」(模写1326年、1803年)で、現在の場所に建立されているのが描かれている。ただし、この模写は「椿井文書」ではないかと指摘されており、定かではない。
背面に「清林」と刻まれており、建碑者の法名と考えられる[3]。