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小野野主

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時代 平安時代初期
生誕 不明
 
小野野主
時代 平安時代初期
生誕 不明
死没 承和4年6月27日(837年8月1日)
官位 正四位上・左中弁
主君 嵯峨天皇→淳和天皇→仁明天皇
氏族 小野氏
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小野 野主(おの の のぬし)は、平安時代初期の貴族。官位は正四位上・左中弁。

大同5年(810年)9月に薬子の変が発生すると権右中弁に任ぜられ(このときの位階は正五位下)、間もなく右中弁に、翌弘仁2年(811年)正月に左中弁に昇進する。その後も、弘仁3年(812年)従四位下、弘仁5年(814年)従四位上に昇叙されるなど嵯峨朝前半に順調に昇進し、この間に摂津守を兼ねている。また、弘仁4年(813年)には、猿女の養田を横取りすることを目的に、本来を猿女を貢進する氏族ではない小野・和邇部両氏が氏族の子女を猿女として貢進していたことから、これを中止するように上奏し認められている[1]。

天長10年(833年)仁明天皇の即位に伴い、正四位下から正四位上に昇叙される。承和4年(837年)6月27日卒去。最終官位は散位正四位上。

官歴

脚注

参考文献

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