小鷹卓也
From Wikipedia, the free encyclopedia
飯能高校では、エースとして1972年秋季関東大会県予選決勝に進出するが、大宮高に惜敗。翌1973年春季関東大会県予選でも準決勝に進み、熊谷商の鎗田英男(法大-日本石油)と投げ合うが延長13回敗退。この大会では1回戦で所沢商からノーヒットノーランを達成。同年夏の甲子園県予選でも準決勝で川越工に敗れる。この大会でも3回戦で蕨高を相手に2度目のノーヒットノーランを達成している。
1973年のドラフト会議でロッテオリオンズから2位指名を受け入団[1]。1978年に一軍初登板、しかし1軍で登板したのはこの1試合のみでその後は結果を残せず1981年限りで引退した[1]。
左オーバースローの本格派で大きな縦のカーブを武器とした。プロ入り後は球威不足が目立ち、左腕特有の右打者のヒザ元に食い込む球のキレもなかった。また制球難で自滅するケースも多かった。