本堂裏の石窟内に5基の板碑がある[3]。
境内には北原白秋の歌碑がある。白秋の3番目の妻で大分出身の菊子は、かつての少林寺の住職の母と大分第一高等女学校の同窓であった。この歌碑にはその縁で白秋夫妻がこの寺を訪れた際に詠んだ「山かげのここのみ寺のかえるでは ただあをあをし松にまじりて」という歌の白秋による自筆が刻まれている[2][4][5]。なお、白秋の2番目の妻江口章子も大分県出身で、大分第一高等女学校の前身である大分高等女学校に通っていた。章子は白秋と離別した後、この寺にしばらく寄宿し、22首の歌を残している[4]。