尾上九朗右衛門 (2代目)
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六代目菊五郎とその妾であった千代との間に生まれ、生後間もなく菊五郎の正妻・家寿子のもとに引き取られる。そこで、菊五郎の養子であった七代目尾上梅幸と実の兄弟として育てられたという。
大正15年(1925年)5月、市村座『助六』の福山のかつぎで、初代尾上右近を名乗って初舞台を踏み、昭和15年(1940年)10月、歌舞伎座『対面』の五郎で二代目尾上九朗右衛門を襲名した。
昭和24年(1949年)7月、父・菊五郎が病死し、その門弟たちが尾上菊五郎劇団を結成するとその理事となるが、間もなくアメリカへ留学する。
帰国後、歌舞伎のほか『かくて自由の鐘は鳴る』で福澤諭吉役を演じるなど、映画・テレビドラマにも出演していたが、昭和44年(1969年)に脳出血で倒れる。