山中千代衛
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山中 千代衛(やまなか ちよえ、1923年 <大正12年> 12月14日[1] - 2017年 <平成29年> 2月15日[2])は、日本の電気・電子工学者。大阪大学名誉教授。工学博士(大阪大学)。大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)創設者。名古屋大学プラズマ研究所元客員教授。アメリカ物理学会(APS)フェロー。IEEEライフフェロー。電気学会名誉員。プラズマ・核融合学会元副会長。レーザー技術総合研究所(ILT)名誉所長・初代所長。日本原子力研究所関西研元研究推進委員長。勲二等瑞宝章・紫綬褒章受章[3]。日本のレーザー核融合研究のパイオニアかつ世界をリードする研究者の一人であった[4]。位階は正四位。
大阪府出身[1]。1948年大阪大学工学部電気工学科卒業。同大学大学院特別研究生第一期および第二期修了。1953年同大学工学部助手となり、米マサチューセッツ工科大学(MIT)へ留学[4]。帰国後、講師・助教授を経て、1960年工学博士(大阪大学)。1963年同大学工学部電気工学科教授となり、山中研究室を開設(初期門下生には、山中龍彦・佐々木孝友・吉田國雄らがいる;スローガン「Laboratory of the world, and Laboratory for the world」[5])、聡明期のレーザーによるプラズマ研究・レーザー核融合の研究に従事。1969年名古屋大学プラズマ研究所客員教授を兼務(1972年まで)。1971年国産初の核融合研究用「激光I号」ガラスレーザーを開発。1972年大阪大学附属レーザ工学研究施設長を経て、1976年大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)を創設し、初代センター長となる。1983年世界最高性能(当時)の「激光XII号」ガラスレーザー装置[6]を開発。1987年大阪大学名誉教授。退官後は、レーザー技術総合研究所(ILT)初代所長[7]などを務めた。1991年紫綬褒章受章。2000年勲二等瑞宝章受章[8]。2017年2月15日逝去、93歳没[2]。 死没日付をもって正四位に叙された[9]。
大阪大学工学部電気工学科において、大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)創設し、国産初の核融合研究用「激光I号」ガラスレーザーの開発、世界最高性能(当時)の「激光XII号」ガラスレーザー装置の開発など、日本のレーザー核融合研究のパイオニアとして同分野の研究・育成に貢献した。その大きな功績を讃え、「山中千代衛賞」が開設されている。
主な所属学会は、アメリカ核融合協会(ANS)、アメリカ物理学会(APS)、IEEE、プラズマ・核融合学会、レーザ学会、日本レーザー医学会、日本物理学会など。
主な著書
- レーザ工学 :電気・電子工学大系20(単著、コロナ社1981、学術書)
- レーザーと未来社会(単著、三田出版会1985、学術書)
- 近代高電圧・放電工学 <近代電気工学大講座5>(単著、電気書院1969、学術書)
- 慣性核融合研究開発史:レーザー核融合研究パイオニア物語(単著、レーザー核融合技術振興会IFEフォーラム2006、学術書)