山原義人

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生誕 (1963-06-24) 1963年6月24日(62歳)
日本沖縄県那覇市
職業 漫画家
活動期間 1993年(平成5年) -
ジャンル 少年漫画
やまはら よしと
山原 義人
生誕 (1963-06-24) 1963年6月24日(62歳)
日本沖縄県那覇市
職業 漫画家
活動期間 1993年(平成5年) -
ジャンル 少年漫画
代表作龍狼伝
受賞 第21回講談社漫画賞少年部門
(「龍狼伝」)
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山原 義人(やまはら よしと、1963年6月24日[1] - )は、日本の男性漫画家沖縄県那覇市出身[1]。代表作は「龍狼伝」。

1963年6月24日沖縄県那覇市に生まれる。手塚治虫に憧れ、漫画家を志す[1]。大学卒業後に上京し、漫画家・長岡ひろしのアシスタントを務める[1]

1992年、『少年の瞬間(とき)』で『月刊少年マガジン』チャレンジ大賞に入選。同作は別出版社の担当編集者の指導のもと完成したもので、物語性の高さは評価されたものの、作中で「ある病気」を扱っていたことが理由で、掲載も新人賞受賞も見送られる。将来性を見込んだ編集者からは1ページ5千円での原稿買取が提案されたが、山原は他社での評価を求めて講談社『月刊少年マガジン』編集部に持ち込み、入選を果たす。しかし誌面掲載には至らなかった[2]

翌1993年より、『月刊少年マガジン』にて『龍狼伝』の連載を開始[3]。本作は担当編集者が「三国志のゲームにハマっている」という理由で三国志漫画の企画を提案。山原自身は『三国志』を読んだことがなく当初は断ったが、自身のネームが3作品連続で編集会議を通らなかったことから取り組むこととなる。当初はそれでもネームが通らなかったため、半ば開き直って主人公となる現代日本の高校生が三国志時代にタイムスリップして武将となる荒唐無稽な要素を加えた結果、遂に連載に至った[2]

『龍狼伝』は2007年から『龍狼伝 中原繚乱編』[3]、2016年8月号からは『龍狼伝 王霸立国編』とタイトルを変更しながら継続されており、2025年現在も連載中。プロ漫画家としてのキャリアのほとんどを『龍狼伝』と共に歩み続けている。

1997年、『龍狼伝』で第21回講談社漫画賞少年部門を受賞。

2010年2月に脳出血で入院し、3月号から『龍狼伝 中原繚乱編』の連載を休止。同年5月号から復帰する。

訴訟

2020年6月、ジャーナリストの伊藤詩織はすみとしこ外2人を提訴したと記者会見で発表した。はすみとしこが、伊藤があたかも枕営業をしていたかのような風刺漫画を計5回に渡ってTwitterに投稿し、それをリツイートしたうちの2名を含む計3名を提訴したものである。このうちの1名が山原であった。

2021年11月30日、東京地裁がはすみや山原らの伊藤に対する名誉毀損を認め、山原はリツイートしたもう1人と共に11万円の賠償を命じられた[4][5][6][7][8][9]。はすみ側は控訴して争ったが、2022年11月10日、東京高裁で控訴棄却の判決が下された[10]

脚注

関連項目

外部リンク

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