1932年、東京都生まれ。1961年、東京都立大学大学院国文学博士課程を満期退学。
その後は富山大学人文学部講師となり、助教授、教授に昇格。1982年に学位論文『桓武朝より円融朝に至る王朝歌壇の研究』を都立大学に提出して文学博士号を取得[4][2]。1983年、『万葉集』の編者を菅原道真とする説を唱えた。1985年から1986年、北京の日本学研究センターに研究滞在。1991年、富山大学を退職した。
その後は新潟大学教授として教鞭をとり、1997年に定年退官。次いで聖徳大学教授を務めた。その他の活動としては、和泉流セミプロ狂言師として舞台にも立っていた[5]。