山口大麻呂 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 飛鳥時代生誕 不明死没 不明官位 進大弐 凡例山口大麻呂時代 飛鳥時代生誕 不明死没 不明官位 進大弐主君 文武天皇氏族 山口忌寸子 兄人、人麻呂テンプレートを表示 山口 大麻呂(やまぐち の おおまろ)は、飛鳥時代の官人。姓は忌寸(伊美伎)。冠位は進大弐。山口大口の孫とする系図がある。 一族の東漢氏は天武天皇11年(682年)に直から連に[1]、天武天皇14年(685年)には八色の姓の制定により秦氏など11の連姓氏族と共に忌寸に改姓している[2]ことから、大麻呂も同じく改姓したと想定される。 文武天皇4年(700年)大麻呂は刑部親王以下19人と共に大宝律令の撰定者となり、その功績によって白猪骨・土師甥らと共に禄を与えられた。この時は位階は田辺首名と同じ進大弐(大初位下に相当)である[3]。 大麻呂の名前が登場するのは、この箇所のみであり、その後のことも分かってはいない。 系譜 父:不詳 母:不詳 生母不明の子女 男子:山口兄人[4] 男子:山口人麻呂[4] 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『日本書紀』天武天皇11年5月12日条 ↑ 『日本書紀』天武天皇14年6月20日条 ↑ 『続日本紀』文武天皇4年6月17日条 1 2 鈴木真年『百家系図稿』巻10,倭漢氏,弟腹 参考文献 宇治谷孟『続日本紀 (上)』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年 Related Articles