山口智徳院 From Wikipedia, the free encyclopedia 山口 智徳院(やまぐち ちとくいん、生年不詳)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての僧兵であり武将である[1]。治徳院とも。 根来衆の一人で、1614年大坂の陣で大坂城に籠城[2]。木村重成隊の鉄砲頭であり、今福の戦いでは武功を挙げた[3]。大坂城が落城すると抜け出した。 脚注 ↑ 豊臣方人物事典 ↑ 大阪城誌 ↑ 武家事紀 参考文献 『大阪城誌』 『豊臣方人物事典』 p678 『武家事紀』 関連項目 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles