鹿児島に生まれる。京都大学文学部独文科卒、同志社大学助教授、1979年京都大学文学部独文科助教授、1990年主任教授、2000年定年退官。
1989年共著『ナチス通りの出版社』で日本出版学会賞。1994年「ドイツを追われた人びと 反ナチス亡命者の系譜」で文学博士。
トーマス・マンを研究、翻訳していたが、のち現代ドイツ史に移行。最後の著書『三つの国の物語 トーマス・マンと日本人』においては、「一九二〇年代から三〇年代にかけての日本におけるトーマス・マン受容を手がかりにして、日本のドイツ文学研究にたいするきびしい批判が展開された」[3]。