山口稲床 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代前期生誕 不明死没 不明官位 従五位下・豊後介 凡例山口稲床時代 平安時代前期生誕 不明死没 不明官位 従五位下・豊後介主君 仁明天皇→文徳天皇→清和天皇氏族 山口宿禰テンプレートを表示 山口 稲床(やまぐち の いなとこ)は、平安時代前期の貴族。姓は宿禰。官位は従五位下・豊後介。 仁明朝において春宮坊大属として春宮・恒貞親王に仕えるが、承和9年(842年)承和の変が発生して恒貞親王が春宮を廃されると、稲床も連座して安房権目に左遷された。承和14年(847年)承和の変で罰せられた者に対して入京が許されており、稲床もこれに従って入京したか。 文徳朝の仁寿4年(854年)外従五位下・豊後介に叙任される。豊後介在任中には、同国守・石川宗継が百姓の財物を不法に奪ったことについて、朝廷に対して証明を行っている[1]。 清和朝の貞観9年(867年)内位の従五位下に至る。 官歴 『六国史』による。 時期不詳:正六位上・春宮坊大属 承和9年(842年) 7月26日:安房権目(承和の変) 承和14年(847年) 2月10日:令入京 仁寿4年(854年) 正月7日:外従五位下。正月16日:豊後介 貞観9年(867年) 正月7日:従五位下(内位) 脚注 ↑ 『日本三代実録』貞観元年12月27日条 参考文献 森田悌『続日本後紀 (下)』講談社〈講談社学術文庫〉、2010年 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録 上巻』戎光祥出版、2009年 Related Articles