山口蘭渓 From Wikipedia, the free encyclopedia 山口 蘭渓(やまぐち らんけい、1882年〈明治15年〉2月21日[1] - 1975年〈昭和50年〉7月2日[2][3])は、日本の書道家。本名は南寿、字は穆卿[2]。 秋田県北秋田郡大葛村(現在の大館市)出身[1]。1905年に秋田県師範学校を卒業し、土崎尋常高等小学校に勤務した[2]。土崎尋常高等小学校在職中に書道を学び、1912年に上京し日下部鳴鶴に入門した[2]。1918年に文部省習字科試験に合格した[1]。日本美術協会第1回展覧会に出品して入賞してから各展覧会で賞を受けた[1]。日本書道作振会第二回展覧会には、久邇宮殿下が台臨のときに御前揮毫を行った[1]。 1936年には秋田書道展主査となり、1962年まで務めた[2]。1939年には興亜書道連盟理事となった[2]。1945年には日本書道美術院創立に参画し総務となった[2]。1948年には毎日新聞社書道展総務・事務局長となった[2]。1966年には高野山書道協会の書道界代表・副会長となった[2]。 出典 1 2 3 4 5 奥山錦洞『日本書道史 (日本文化史叢書 ; 2)』藤森書店、1982年、442頁。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “アキハクコレクション 山口 蘭渓 やまぐち らんけい”. 秋田県立博物館. 2025年12月6日閲覧。 ↑ 「秋田魁年鑑 昭和51年版」国立国会図書館デジタルコレクション Related Articles