山地隆
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小学校低学年から野球を始めた。
関西高等学校時代では主に3番ショートに座った。1年秋は中国大会ベスト8。3年春には中国大会初戦で本塁打を放つが敗退。夏の県大会でサヨナラ本塁打を含む2試合連続本塁打を放ち、ベスト4止まりながら2ホーマーを放ち注目された[1]。100mを11秒6で走る俊足も評価が高かった。
2000年のドラフト会議で日本ハムファイターズからドラフト5位で指名を受け入団。しかし1年目は2軍で41試合出場、74打数6安打、打率は規定打席未満を含めチーム最低となる.085、0本塁打、1打点に終わった。翌2002年も2軍でも15試合出場にとどまり、10打数1安打、打率.100、0本塁打、1打点に終わる。同年のシーズン終了後に戦力外通告を受け引退。2年間でプロ野球1軍出場はなかった。
引退後は地元の岡山に戻り中古車販売会社に就職、その傍ら少年野球の指導も行っている。