山岡康人
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経歴・人物
大阪府大阪市出身[1]。1942年に早稲田大学政治経済学部を卒業[1]。1943年9月に25歳で取締役に就任し、1945年3月に山岡内燃機副社長、1961年7月にヤンマー農機社長を歴任し、山岡孫吉をサポートし、会社を牽引していた[1][2]。組織体制の強化を図り、新規事業への進出と海外事業の再編などにも取り組み、中でも小型貨物自動車の開発に意欲を見せ、臨時車輌部を新設し、1958年5月には「ヤンマーポニー」の愛称で知られる小型ディーゼルエンジンを搭載した農用作業車を世に送り出した[2]。また、「ヤン坊マー坊」を誕生させて、テレビを使った当社の知名度アップを図り、翌年に創業50周年を控えた1961年12月には創業地である大阪市北区茶屋町に新しい本社ビルを完成させた[2]。1962年3月にヤンマーディーゼル社長に就任した[2]。しかし、1963年10月24日心筋梗塞のために社長に就任してからわずか1年で死去[3][4]。45歳没。
参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 第21版 下』人事興信所、1961年。