山崎あきら
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人物の芝居や感情表現を大事にする演出を行っていたという[1]。1960年代当時は技術的な問題もあり作画とセリフの尺との整合性が取れていないことが多かったが、これに関して山崎は「声の芝居がしっかりしてさえいれば、視聴者は気にならない」と語っていたという[1]。
ダメ出しが非常に厳しいことで知られていたといい[2]、新人やベテランに関わらず対等な演技指導をしていたという[1]。
仲村秀生は「巨匠」と評している[2]。また、井上真樹夫は「私にとっては『謎の男』です」と述べている[3]。
仲村秀生は、山崎が『ど根性ガエル』で南先生役に自身をキャスティングしたことに対し「当時は二枚目の役をすることが多く少々飽きがきていた時期だった。そんな僕を完全に三枚目の南先生役にキャスティングしたセンスに対して、今となっては感謝せざるを得ない」としている[2]。
『荒野の少年イサム』で指導を受けた神谷明は山崎について「ピタリと横に張り付き1から演技を指導して下さいました。後ろを向いた時、心配げに見守っていた優しい眼差しを忘れられません」と語っている[4]。
『巨人の星』で指導を受けた古谷徹は「感情表現や気持ちを言葉に乗せて演技をすることについては、やはり音響監督の山崎さんに多くを教わりました」「本当に助けていただきました」と話し、インタビューなどにおいてよく山崎の名を挙げている[1][5]。