長野県大町市生まれ。1976年入局。初任地は盛岡だった。その後佐賀、長野でアナウンサーを歴任後、1988年に放送センターに異動し、報道局社会部・災害担当記者となり、地域防災のあり方や、大規模災害に現場を数多く取材。
1995年-1997年、NHK名古屋放送局記者・ニュースデスク。1998年に災害班デスクを歴任後、2000年より解説委員を長らく務めた。
現在、国士舘大学教授(防災・救急救助総合研究所 救急システム研究科 救急システム専攻)[1][2]
息子はアートディレクター、グラフィックデザイナーの山崎晴太郎。