山崎直
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略歴
佐貫藩藩士の末弟、山崎周太郎の長子として1885年(明治18年)3月23日に生まれる。母はろうそく屋で辺りの大地主だった安田の娘・てる。山崎周太郎は末弟ではあるが、明治維新の混乱の中での兄の失踪により、当時は長子のみが認められた士族扱いとなる。父は風呂焚きをしながら住み込みで書生として医学を学び、順天堂大学の関わりで開業医となるが早世。
旧制第一高等学校を経て、1911年京都帝国大学卒業。父親と同じく順天堂大学に勤め将来を嘱望されていた。が、母・てるの再三の頼みにより木更津市内の病院を継ぎ、死の直前まで励んで勤めた。直はのちに市長としても勤めることになる。
かつての主君である阿部家は子爵となっていたが、小学校教諭として、職を探す憂き目に遭っていた。明治維新の混乱は武士の末裔の誰しもを襲ったが、市長となっていた山崎直はせめてものことで教諭の口を探した。
1928年4月から1930年4月まで千葉県君津郡医師会長、1942年3月から1946年1月まで千葉県医師会副会長を務めた[3]。1942年6月木更津町議会議員に就任、1943年1月木更津市議会議員に当選。1946年11月より木更津市長臨時代理者、1947年4月より初代公選市長となり、1955年4月まで務めた[3]。