シネ・ヌーヴォ
1977年(昭和52年)に[ 2] 大阪府 大阪市 東住吉区 に生まれた[ 3] 。正月には家族で近くの映画館「タナベキネマ 」(東住吉区、2012年閉館)を訪れ、『男はつらいよ 』シリーズなどの映画を観ていたという[ 3] 。大阪美術専門学校 で油彩画を学び、専門学校在学中には梅田花月劇場 の夜だけ映画館「シネマワイズ」でアルバイトを行っていた[ 2] 。
1997年(平成9年)には景山理らの映画ファンが中心となって、大阪市西区 九条 に市民出資型のミニシアター「シネ・ヌーヴォ 」を開館させた[ 2] 。山崎はもともと画家を志していたが[ 4] 、「シネマワイズ」でのアルバイトを通じて映画館そのものに興味を持ち、専門学校卒業後の2001年(平成13年)にはシネ・ヌーヴォのアルバイトとなり[ 1] 、2008年(平成20年)にはシネ・ヌーヴォの支配人が結婚退職したことで[ 1] 、山崎が後任の支配人に就任した[ 2] [ 3] 。上映作品の選定、映画館のカウンター業務、上映作品のフィルム手配など、支配人としての仕事は劇場運営全般にわたっており[ 2] [ 3] 、特に上映作品の選定は山崎と代表の景山で行っている[ 1] 。山崎が支配人に就任する前には、シネ・ヌーヴォが新作中心から特集上映中心に大きく舵を取っている[ 5] 。
京都市にある京都みなみ会館 の吉田由利香館長、大阪市にあるシアターセブン の福住恵支配人、大阪市にあるシネマート心斎橋 の横田陽子支配人、神戸市にある元町映画館 の林未来支配人など、関西地方のミニシアター は女性の支配人や館長の比率が高いとされる[ 5] 。2014年(平成26年)12月には山崎や彼女らが集まって「映画館女子ガールズトーク in Xmas」を開催し、若者の映画館離れや映画館の魅力発信について議論した[ 6] [ 5] 。
2016年(平成28年)5月にフランスのアニメ映画『パリ猫ディノの夜 』などの猫映画特集を開催した際には、山崎の飼い猫である「まり」が山崎に代わってシネ・ヌーヴォの一日支配人に就任している[ 7] [ 8] 。同年時点では支配人としてスタッフ7人での運営を切り盛りしている[ 4] 。憧れの映画館の一つとして梅田ガーデンシネマ (大阪市北区 、2014年閉館)や、一般的にシネ・ヌーヴォと比較されることの多い第七藝術劇場 (大阪市淀川区 )を挙げている。