山彦河良 From Wikipedia, the free encyclopedia 山彦 河良(やまびこ かりょう)は、河東節の三味線方の名跡。墓所は東京都大田区の海岸寺。 (生年不詳 - 安永8年9月10日(1779年10月19日)) 初代山彦源四郎の門弟で前名を初代山彦良波。1761年の4代目十寸見河東の立三味線で「助六所縁江戸桜」を作曲。 2代目 (生年不詳 - 天明8年5月20日(1788年6月23日)) 初代の門弟の2代目良波が、師・河良の没後2代目河良を襲名。2代目山彦源四郎のワキで活躍。 3代目 (生年不詳 - 文化11年10月29日(1814年12月10日)) 2代目の門弟の3代目良波が、師・河良の没後3代目河良を襲名。3代目山彦源四郎のワキで活躍。 4代目 (生年不詳 - 天保4年11月23日(1834年1月2日)) 3代目の門弟の山彦青巴(または青波)が4代目良波を経て1816年頃に4代目河良を襲名。後に初代山彦紫存、晩年は山彦検校壽喜一を襲名。 5代目 (生没年不詳) 4代目の門弟の山彦良鶴が4代目良波を経て、師・河良の没後5代目河良を襲名。9代目河東等の立三味線で活躍。 1859年9月8日に失踪し、その後行方不明。 6代目 (大正4年(1915年)1月6日 - 昭和55年(1980年)11月29日)本名は飯箸ふみ。 山彦ふさ子(後の3代目宮薗千之)の門弟で山彦ふみ子が1958年に6代目河良を襲名。常磐津節や宮薗節、荻江節などの素養もあった。 作曲に「山姥」。 関連項目 山彦源四郎 十寸見河東 助六 江戸浄瑠璃 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。表示編集 Related Articles