山本SAN
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関東一高 時代はラグビー部に所属。後にプロ野球選手となる山﨑健や山本保司と同級生に当たる[1]。 高校卒業後は就職先の社会人ラグビー部でフッカーとして奮闘。1部リーグ復帰への切り札の1人としての入団であったが、1部復帰を果せぬまま、廃部という現実に直面し自身も現役引退。
その後はDEEPジムで格闘家としての技術を磨いた。運動における特徴は、格闘技に限らず、視覚情報を自らの身体で再現する能力に長けているところである。
プロレス自体は35歳と遅いデビューでキャリア自体は浅いが、25年のファン歴(当時)を誇るプロレス眼とリスペクト、そしてプロレス愛を存分に発揮し、ベテランに負けない体力、テクニックで活躍を見せる。それが注目されガッツワールドの所属となる。所属以外にもZERO1、阿佐ヶ谷プロレスなど他団体のリングにも上がっている。現在は退団し、自らの団体ジ・エクストリーム・ファイティング・ステージ・コンボ(THE EXTREME FIGHTING STAGE COMBO)を立ち上げ、主宰として興行も行っている[2]。興行は板橋グリーンホールや新宿FACEを中心に打ち毎回満員の動員を実現している。
リング外では、yasuと言う名でベーシストとして5弦ベースを操り、ヘヴィメタルバンドMADNESSやUNTRADに所属。後者ではCDデビューも果たしている[3]。 音楽活動においてもプロレスファン歴同様の長いキャリアを持ち合わせ、中学時代から本格的なバンド活動を行ってきた。
外見こそプロレスラー然とした風貌が故、一見荒っぽいイメージも持たれるが堅実な行動を好み、団体運営においてもそうである。例え、ビッグネームであっても、基本を怠り派手な技に傾倒する選手や、観客・レスラー・興行という三方に目を向けられない選手をリングにあげることをしないことを徹底している。また人情を大事にし、他人の足を引っ張るような者に対しては非常に厳しい一面を持つ。また、試合後には率先して客席を闊歩し、ファンとの交流に余念が無い。照れ屋である。
口癖は「来ちゃった」で、これはプロレス興行の締めの一言としても使われる。山本SANが「今日もコンボに~?」と言い、観客と参加レスラーたちが全員で「来ちゃった~」と拳を突き上げて叫ぶという形で行われるのを定番としている。
重要な試合では、浅草プロレス主宰雷神矢口とのGOLDEN ROCKERSというユニットでもリングに上がることがあるが本人が何かの神というギミックはない。
プロレスラーとしてのキャラクターカラーはCOMBOブルー。総合格闘家時代にプロレス参戦していた当時はメタルんというリングネームも使用していた。現在は山本SANであり、その名前ゆえサンプラザ中野くん同様、周囲からは山本SANさん、SANさんという呼ばれ方となる。