山本六三

From Wikipedia, the free encyclopedia

山本六三(やまもと・むつみ1940-2001)画家

1940年、神戸市長田区に生まれ、生涯の大部分を神戸市内で過ごしながら、独自の頽廃美と幻想に彩られた作品を描き続けた画家。[1]高校時代に美術に目覚めた山本は、卒業後の1960年代、自らの画風の確立を求めて模索を続け、一時抽象絵画に傾倒する。[1]その後、ほとんど独学で銅版画技法を学び、1969年の個展で発表したシュルレアリスム風の作品で新境地を開いた。[1]70年代に入ると、ジョルジュ・バタイユなどの文学書の挿画に使用された版画作品により、彼の名は徐々に世に知られるようになる。[1]そして、70年代の後半以降は、19世紀末美術を思わせる古典的な人物表現へと作風を移行し、神秘的なエロティシズムによって熱烈な愛好者を獲得するに至った。[1]

経歴[2]

1940年 神戸市長田区腕塚町の酒屋に生まれる

1956年 神戸市立新港高校入学

1957年 美術教師石川秀太郎が顧問を務める美術部に在籍。

    この頃より旧関学チャペルの市民美術教室に通い小松益喜や奥村隼人といった画家たちの指導を受ける。

1959年 この頃友人らと「主人公」「Vie」といった絵画サークルを結成

    三宮の京美堂や元町の喫茶店DONで個展やグループ展を開催

1960年 第8回コーベ・アンデパンダン展3席入賞

    この頃から数年間抽象画を描く 行動美術展に出品

1963年 行動美術展に出品

1965年 この頃から銅版画を始める

1969年 上京し銅版画を習得、銀座の養清堂画廊で初個展開催

1970年 神戸に戻り、生田耕作訳『大天使のように』に作品提供

1971年 生田耕作が神戸で奢灞都館を創設

1972年 京都書院にて個展 奢灞都館第1回刊行物『死者』に作品提供

1975年 吉田一穂詩集『白鳥』(コーベブックス刊)に作品提供

    パリのギャラリー・J・カサノヴァにて個展

1977年 銀座の77ギャラリーにて個展

    生田耕作訳『初版 眼球譚』(奢灞都館刊)に作品提供

1979年 ギャラリー・アートコレクション(大阪)にて個展

1985年 アスタルテ書房(大阪)にて銅版画展

1992年 『山本六三ポストカードコレクション』をアリババ・プレスより、 その特装版『夢の破片』を湯川書房より刊行

1993年 都画廊(大阪)にて個展

1996年『エロス・タナトス山本六三画集』を奢灞都館より刊行

2001年 死去

出版物

回顧展

脚注

Related Articles

Wikiwand AI