山本淳一 (映画監督)
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4歳の時に、映画館で『燃えよドラゴン』と『デアボリカ』の二本立てを鑑賞し、映画監督を志す。東放学園専門学校卒業後、京都太秦撮影所で助監督を経験した後、自主映画を制作。制作した自主映画がそれぞれ劇場公開を果たす。セルフリメイク『MEATBALL MACHINE』で商業映画デビュー。
2014年に脳出血を患うも、一年のリハビリを経て、テレビせとうち開局30周年ドラマ『がんばれ!ホワイトピーチーズ』で、監督と脚本を担当し現場復帰。以後、劇場映画を精力的に撮り続ける。
2003年から東放学園音響専門学校で講師も務める[2]。