山本謙一
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中学時代から才能を発揮し、1940年の第18回全日本スキー選手権大会クロスカントリースキー個人長距離(18km)・少年の部で優勝。その後明大に進み、1942年から1943年の同大会個人長距離・成年の部を連覇。同じ1942年~1943年の全日本学生スキー選手権大会では、リレーで連覇した他、1943年の個人長距離で前年王者の落合力松(明大)を破り優勝。
戦後1948年に再開された全日本スキー選手権大会個人長距離では、ライバル落合に敗れるが、翌1949年の同大会同種目は山本が制した。1952年オスロオリンピックの代表に選出され、クロスカントリー男子18kmでは80人(完走75人)中22位に入る健闘を見せた。山本らは、オスロで五輪終了直後に開催されたホルメンコーレンスキー大会にも出場したが、山本が登場すると観衆から大歓声が上がったという。
2002年2月26日、肺炎のため79歳で死去した。