山村武彦
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家族
大学在学中に参加した1964年新潟地震での災害ボランティア活動を契機に、防災と減災の専門家を志し、同年、防災・危機管理のシンクタンク「防災システム研究所(ぼうさいしすてむけんきゅうじょ)」を設立。早稲田大学第一文学部(現:早稲田大学文学部)を中途退学し、同シンクタンクを起業した。以来60年にわたって、国内外で発生する様々な災害の被災地支援、現地調査を行っている。
2000年には、「近助(きんじょ)」、「互近助(ごきんじょ)」、「防災隣組」(例:東京防災隣組)、「安全ゾーン」を考案し提唱する。
主に報道番組での解説や講演、執筆活動などを通じ、防災意識の啓発に取り組む。また、企業や自治体の社外顧問やアドバイザーを歴任し、本当に使える実践的なBCP(事業継続計画)や受援マニュアル、個別避難計画、防災・危機管理マニュアルの策定や監修など、災害に強い企業、社会、街づくりに携わっている。
実業家であった父、山村敬司(やまむら・けいじ)は、若くしてフィリピン・ルソン島にて戦死、享年28歳。
祖父は、帝国大学 医科大学(現:東京大学大学院 医学系研究科・医学部)にて、パラチフス熱[注 1]などの研究に携わっていた医学者で医師の山村敬造(やまむら・けいぞう)。
考案・提唱
「互近助(ごきんじょ)」、「近助(きんじょ)」、「防災隣組」、「安全ゾーン」、「防災用品点検の日」、「在宅避難生活訓練」、「災害予防訓練」、「スマート防災」 など