山根一貫
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橋本房吉の長男として、山口県厚狭郡万倉村字矢矯(現・宇部市大字万倉矢矯)に生まれる。幼名を慶蔵と称し、山口師範学校講習科の講習で万倉小学校で教鞭を取り、後東京教導団に入団、時に19歳であった。1891年(明治24年)7月、陸軍士官学校(第2期)を卒業する。日清戦争に出征、中尉に進み、1895年(明治28年)山根家に入籍、陸軍少将山根信成の嫡子となる。
1899年(明治32年)12月に陸軍大学校(13期)を卒業し、陸士勤務となる。のちフランスに駐在する。父の死去に伴い、1895年(明治28年)10月30日、男爵を襲爵した[2]。
1909年(明治42年)12月に侍従武官、1910年(明治43年)11月には歩兵大佐に昇進。1912年(大正元年)12月、東宮武官長に就任するが、1916年(大正5年)4月1日[3]、陸軍少将に進み、侍従武官を兼務。1917年(大正6年)8月、在職のまま死去した。
