山梨県流通センター
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山梨県の物流拠点は江戸時代から高度経済成長時代まで甲府中央商店街にある八日町と連雀町であった。元々甲府城城下町の問屋街であり、また東京方面から甲州街道が通っているなど交通の要に位置していたが、高度経済成長を迎えるとこれまでの荷車から貨物自動車によるトラック輸送へシフトしていき、八日町・連雀町周辺では慢性的な渋滞や駐車場不足に悩まされることになる[1]。さらに物流方式も拠店間輸送が主流となっていったが、八日町・連雀町ともに拠店間輸送に対応できず、山梨県の物流のボトルネックになっていた。
1967年(昭和42年)に田邊圀男が山梨県知事に就任すると、1968年(昭和43年)の「県長期開発計画」に流通センター構想が盛り込まれる[2]。1971年(昭和46年)に山梨県流通センター基本方針を発表され、中巨摩郡田富町山之神(当時)に整備されることが内定された[2]。この地点は元々臼井沼があったが、地方病対策として埋立が行われていた一方で、元々甲府市から静岡県へ伸びる駿州往還が通っていたうえ[3]、甲府バイパスや当時建設中の中央自動車道甲府昭和インターチェンジに近く、県内外への往来が容易な位置にあった。
1973年(昭和48年)に設立認可書が交付され[2]、1975年(昭和50年)に団地の起工式が行なわれると急ピッチで整備が行われ、1977年(昭和52年)に組合会館「流通会館」が竣工。1981年(昭和56年)に集団化事業が完了し、完成記念式典が行われた[2]。これにあわせ八日町・連雀町にあった問屋も流通センターへ移転し[1]、現在では山梨県最大の物流拠点となっている。
施設概要
2016年4月現在[2]
- 敷地面積: 242,855m2(道路等含む)
- 組合員数: 83社(正組合員64社、準組合員19社)
- 団地内従業員数:1,846人
周辺
- 甲府リバーサイドタウン(流通センター西側に整備されたニュータウン)
- 釜無工業団地 (流通センター北側に整備された工業団地)
- イオンモール甲府昭和
- 中央市立田富北小学校