山田三郎 (陸上選手) 日本の陸上競技選手 From Wikipedia, the free encyclopedia 山田 三郎(やまだ さぶろう、1922年[1] - 2012年7月8日)は、日本の陸上競技選手、専門はマラソン[2]。戦後間もない時期に、農業に従事しながらコーチもなくひとりで練習して各地のマラソン大会で活躍した[3]。山田は、競技を離れた後にも長く地元で農業を営み[3]、岐阜市正木西部土地区画整理組合理事長なども務めた[2]。 おもなマラソンの成績 1947年秋:第2回国民体育大会(石川県) 2位 - 2:46:28 優勝は、2:42:41 を出した古賀新三[4]。 1948年秋:第3回国民体育大会(福岡県) 2位 - 2:46:10 優勝は、2:36:33 を出した古賀新三[4]。この入賞により、山田は朝日マラソンへ招待された[5]。 1948年12月5日:第2回 朝日マラソン(香川県:後の福岡国際マラソンの前身) 優勝 - 2:37:25 山田は残り10kmを切ってからスパートをかけ、同年のロンドンオリンピック(日本は不参加)のマラソン6位に相当する好タイムで優勝した[1]。 1949年5月8日:第4回 全日本毎日マラソン選手権(大阪:後のびわ湖毎日マラソンの前身) 優勝 - 2:40:32 山田は35km手前からスパートをかけ、それまで3大会を連覇していた古賀新三らを振り切った[6]。 1949年秋:第4回国民体育大会 3位 - 2:41:19 優勝は、2:35:31 を出した馬場崎文男[4]。 脚注 [1]“第2回大会(朝日マラソン)昭和23年12月5日 舞台は香川 山田が五輪6位相当の好タイムで混戦を制す”. 朝日新聞社. 2014年11月29日閲覧。 [2]“訃報 2012年7月”. 岐阜新聞. 2014年11月29日閲覧。 [3]“マラソン日本一に二度輝いた山田三郎さん(南正木)” (PDF). ふれあい鷺山 (鷺山自治会連合会/鷺山まちづくりサポーターズ) (2): p. 4. (2004年12月10日). http://sagiyama.jp/sagiyama/wp-content/uploads/2014/04/02号.pdf 2014年11月29日閲覧。 [4]“国民体育大会” (PDF). 日本体育協会. 2014年11月29日閲覧。 [5]“第二回 朝日マラソン”. 朝日新聞・東京朝刊: p. 2. (1948年11月17日) - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧 [6]“第4回大会 山田、古賀のV4を阻む”. 毎日新聞社. 2014年11月29日閲覧。 Related Articles