山鹿貝塚
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1953年に発見され、現在までに五次に渡る発掘調査が行われている。山鹿貝塚で縄文人が活動していたのは、縄文早期から晩期にかけての約6000年間だったことが発掘された縄文土器の分析から判明している。今までの調査で縄文人の埋葬人骨が20体以上出土しており、葬られた時期はいずれもおよそ3500年前と推定されている。これらの埋葬人骨が貝輪や骨角器、勾玉といった装身具を伴う頻度は、他遺跡の縄文人と比べて極めて高いものであり、縄文時代のアクセサリーの付け方と性との関係を考えるうえで重要な遺跡である[3]。また埋葬人骨の胸骨の一部等が意図的に抜き取られており、何らかの呪術的意味があったと考えられている[4]。
