山鹿貝塚

From Wikipedia, the free encyclopedia

地図

山鹿貝塚(やまがかいづか[1])は、福岡県遠賀郡芦屋町山鹿字狩尾にある縄文時代早期から晩期にかけての貝塚。福岡県指定の史跡[2]

1953年に発見され、現在までに五次に渡る発掘調査が行われている。山鹿貝塚で縄文人が活動していたのは、縄文早期から晩期にかけての約6000年間だったことが発掘された縄文土器の分析から判明している。今までの調査で縄文人の埋葬人骨が20体以上出土しており、葬られた時期はいずれもおよそ3500年前と推定されている。これらの埋葬人骨が貝輪骨角器勾玉といった装身具を伴う頻度は、他遺跡の縄文人と比べて極めて高いものであり、縄文時代のアクセサリーの付け方と性との関係を考えるうえで重要な遺跡である[3]。また埋葬人骨の胸骨の一部等が意図的に抜き取られており、何らかの呪術的意味があったと考えられている[4]

出土物・出土人骨

出典

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI