岐阜大学医学部附属病院
岐阜市にある病院
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岐阜大学医学部附属病院(ぎふだいがくいがくぶふぞくびょういん)は、岐阜県岐阜市にある岐阜大学医学部の附属大学病院。県内では岐大、岐大病院と呼ばれている。
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| 情報 | |
| 正式名称 | 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学医学部附属病院 |
| 英語名称 | Gifu University Hospital |
| 前身 | 岐阜県立女子医学専門学校附属病院 |
| 標榜診療科 |
内科 外科 消化器内科 血液内科 循環器内科 糖尿病代謝内科 脳神経内科 総合内科 心臓血管外科 呼吸器外科 消化器外科 乳腺外科 産婦人科 整形外科 脳神経外科 眼科 耳鼻咽喉科 形成外科 皮膚科 泌尿器科 精神科 小児科 放射線科 麻酔科疼痛治療科 歯科口腔外科 |
| 許可病床数 |
606床 一般病床:569床 精神病床:37床 |
| 機能評価 | 一般病院2(500床以上)(主たる機能):3rdG:Ver.1.1 |
| 開設者 | 国立大学法人東海国立大学機構 |
| 管理者 | 吉田和弘(病院長) |
| 開設年月日 | 1967年 |
| 所在地 |
〒501-1194 |
| 位置 | 北緯35度28分3.9秒 東経136度44分2.1秒 |
| 二次医療圏 | 岐阜 |
| PJ 医療機関 | |
概要
沿革
- 1875年(明治8年) - 岐阜県公立病院として、厚見郡今泉村(現在の岐阜市)に設置。本願寺岐阜別院の敷地を借りての開院となる。
- 1876年(明治9年) - 岐阜市司町(現在のみんなの森 ぎふメディアコスモス所在地)に移転。
- 1882年(明治15年) - 岐阜県医学校附属病院に改称。
- 1886年(明治19年) - 岐阜県病院に改称。
- 1944年(昭和19年) - 岐阜県立女子医学専門学校附属病院に改称。
- 1945年(昭和20年) - 太平洋戦争下の空襲により一部を焼失。翌年修復。
- 1949年(昭和24年) - 岐阜県医工科大学岐阜県立女子医学専門学校附属病院に改称。
- 1950年(昭和25年) - 岐阜県立大学医学部附属病院に改称。
- 1954年(昭和29年) - 岐阜県立医科大学医学部附属病院に改称。
- 1967年(昭和42年) - 岐阜大学医学部附属病院に改称。
- 1973年(昭和48年) - 病棟の増設。
- 2004年(平成16年) - 現在地に移転。
- 2011年(平成23年)
- 2017年(平成29年)1月 - 肺がんや胸膜疾患などを専門とする「呼吸器センター」を開設[7]。
- 2018年(平成30年) - 岐阜市消防本部と連携してドクターカーによる救急・救命を開始[8]。
- 2019年(平成31年) - 岐阜県総合医療センター、岐阜市民病院、松波総合病院(岐阜県笠松町)と治験や臨床研究で連携する協定を締結[9]。
診療科
診療科一覧
追記
実際には、内科、外科は各臓器ごとの専門の診療科に細分される。紹介状のある外来患者は、直接専門診療科で処方されるが、紹介状のない外来患者は、総合診療部で受診し、専門診療科で処方される。
細分化した場合、総合診療部を合わせて診療科は28科になる。これに、中央診療施設の17部が加わる。
周産期医療
当院は地域周産期母子医療センターに指定されている。岐阜市内の周産期母子医療センターは当院と岐阜県総合医療センターである。産科での分娩件数は年間300件以下と少ないが、大学病院として様々な診療科と連携し、ハイリスク妊婦を受け入れている。特に産科と放射線科、高度救命救急センターと連携し、産後大量出血に対する放射線治療を行なっている。また、NICU、GCUをそれぞれ6床ずつ備えている。さらに、脳神経外科内に小児脳神経外科医が常勤で勤務しており、小児・新生児の脳神経外科治療が可能である。近年、小児外科が消化器外科内に再設置されたため新生児外科治療にも対応されている。当院に小児外科が設置される前までは県内での小児外科医が常勤でかつ治療ができる病院は岐阜県総合医療センター、長良医療センター、大垣市民病院(現在は非常勤務医師)に限られていた。
救急医療
高度救命救急センターに指定されており、常勤医師数は20名以上で日本有数の規模である。また、岐阜県は南北に大きい関係上ドクターヘリを早期に導入し、飛騨地方等の岐阜医療圏から離れた医療圏で発生した重症患者の搬送・治療に積極的に取り組んでいる。
