岡山黌 From Wikipedia, the free encyclopedia 私立中学岡山黌 創立 1909年4月1日 所在地 岡山県上道郡宇野村[1] 初代校長 藤井豁爾 廃止 1933年8月31日 後身校 なし 同窓会 不明 岡山黌(おかやまこう)とは、岡山県岡山市中区にかつて存在した旧制中学校。 岡山黌は、1909年(明治42年)「私立中学閑谷黌」(現和気閑谷高等学校)の分校として岡山市広瀬町に開校[2]、1911年(明治44年)に同市内の大供に移転した[3]。1913年(大正2年)に「私立中学第二閑谷黌」として独立[4]、閑谷黌の校長であった藤井豁爾が校長に就任し、翌年「私立中学岡山黌」と改称した[5]。1918年(大正7年)に後楽園北側の旭川を挟んだ上道郡宇野村大字浜(現在の岡山市中区浜一丁目)に移転[6]、校名も「私学岡北中学校」となった[7]。しかし、藤井校長引退後の1933年(昭和8年)に廃校となり短命に終わった[8]。 沿革 1909年(明治42年)4月 - 私立中学閑谷黌の岡山分校として岡山市広瀬町に開校 1911年(明治44年)1月7日 - 岡山市大供中道北に移転が認可される 1913年(大正2年)4月 - 私立中学第二閑谷黌として独立 1914年(大正3年)3月- 私立中学岡山黌に改称 1918年(大正7年)- 上道郡宇野村大字浜(現在の岡山市中区浜一丁目)に移転 1932年(昭和7年)3月18日 - 私学岡北中学校に改称 1933年(昭和8年)8月31日 - 廃校 校風 剣道部は全国優勝を何度も経験し、野球部も市内の六校リーグに参加するなどスポーツが盛んであった。 主な出身者 小川芳男(東京外国語大学教授) 岡崎哲夫(社会運動家) 真野律太(編集者、作家) 関連項目 閑谷学校 岡山県の高校野球 西大寺鉄道後楽園駅 脚注 ↑ 廃止時の所在地 ↑ 文部省告示第100号 官報.1909年4月1日 ↑ 文部省告示第2号 官報.1911年1月7日 ↑ 文部省告示第112号 官報.1913年4月17日 ↑ 文部省告示第24号 官報.1914年3月4日 ↑ 文部省告示第139号 官報.1918年4月23日 ↑ 文部省告示第68号 官報.1932年3月22日 ↑ 文部省告示第288号 官報.1933年8月25日 参考文献 『岡山市百年史 上巻』 編集:岡山市百年史編纂委員会、出版・発行:岡山市 1989年 Related Articles