岡湊神社

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所在地 福岡県遠賀郡芦屋町船頭町12-48
位置 北緯33度53分29.6秒 東経130度40分13.1秒 / 北緯33.891556度 東経130.670306度 / 33.891556; 130.670306 (岡湊神社)座標: 北緯33度53分29.6秒 東経130度40分13.1秒 / 北緯33.891556度 東経130.670306度 / 33.891556; 130.670306 (岡湊神社)
主祭神 大倉主命、菟夫羅媛命
社格 旧村社
岡湊神社
所在地 福岡県遠賀郡芦屋町船頭町12-48
位置 北緯33度53分29.6秒 東経130度40分13.1秒 / 北緯33.891556度 東経130.670306度 / 33.891556; 130.670306 (岡湊神社)座標: 北緯33度53分29.6秒 東経130度40分13.1秒 / 北緯33.891556度 東経130.670306度 / 33.891556; 130.670306 (岡湊神社)
主祭神 大倉主命、菟夫羅媛命
社格 旧村社
創建 不詳
例祭 10月15日・16日
地図
岡湊神社の位置(福岡県内)
岡湊神社
岡湊神社
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岡湊神社(おかのみなとじんじゃ)は、福岡県遠賀郡芦屋町船頭町12-48にある神社社格は旧村社。

主祭神
配祀神

歴史

一の鳥居
二の鳥居

『日本書紀』

創建年は不詳だが、『日本書紀』巻第八の仲哀天皇の条に記された「崗の浦」が岡湊神社とされている[1]。仲哀天皇8年(199年)正月、仲哀天皇は筑紫国を訪れた際に当地に立ち寄った[1]。古くは大倉社と称しており、素戔嗚尊を配祀した後には祇園大倉社、祇園宮寺、祇園社などと称された[1]。もとは岡の上に鎮座していたが、やがて現在地に遷座した[1]

中世・近世

天正14年(1586年)に薩摩国島津義弘筑前国に侵攻して大友宗麟と戦った際、岡湊神社の社殿や宝物はことごとく焼失した[1]。天正15年(1587年)の豊臣秀吉による九州平定後、神領も没収された[1]

正保2年(1645年)6月には神殿を再建し、延宝6年(1678年)2月には黒田光之から社領6000坪を賜った[1]。宝暦9年(1759年)11月に拝殿を改築した[1]

近代・現代

1872年(明治5年)11月3日には近代社格制度による村社に列せられた[1]。1920年(大正9年)12月9日には神饌幣帛料供進社に指定された[1]

1929年(昭和4年)3月13日の芦屋大火で社殿が焼失したが、1936年(昭和11年)に社殿が再建された[1]

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)6月、アメリカ軍の攻撃によって社殿が焼失した[1]

境内

境内には約200本のナンジャモンジャがあり、4月下旬から5月上旬に白色の花を咲かせる[1]。1969年(昭和44年)に宮司の林田守邦が明治神宮を退職した際、明治神宮外苑長伊丹安広から寄贈されて植えられたのが始まりである[1]

摂末社

文化財

福岡県天然記念物

  • 千光院大蘇鉄 - 岡湊神社の宮司宅にあるソテツの大木[2]。樹齢は400年を超え、島原の乱の際に原城から持ち帰ったものとされる[2]

芦屋町指定無形民俗文化財

  • 祇園山笠 - 7月中旬の土曜日曜に開催される祭事[2]

交通アクセス

脚注

関連項目

外部リンク

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