岡田康志 (野球)
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吉野川市立鴨島第一中学校卒業後[3]に進学した徳島県立池田高等学校では野球部に所属し、蔦文也監督のもとで3年時より主将を務めた。主力捕手として1979年の春夏甲子園に連続出場。夏の大会では準優勝を果たした[1][2][3][4]。
筑波大学に進学し、卒業後は保健体育教諭となる。母校の池田高校に赴任し、監督・蔦のもとで野球部コーチを務めた。1991年には蔦の代理監督として夏の甲子園大会で采配を振った。翌1992年4月からは蔦の後任として正式に監督に就任。同年の夏の甲子園大会にも出場し、8強入りを果たした[1][2][3][4]。
1998年からは徳島県立穴吹高等学校に赴任。2010年まで同校野球部監督を務めた[2]。
2010年4月より池田高校の野球部監督に復帰。2014年、春の甲子園への出場を果たし、春夏合わせて同高にとって実に22年ぶりの甲子園大会出場となった[1][2][3][4]。同年、日本高等学校野球連盟より育成功労賞を受賞[5]。