岡田洲二
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人物像
賞
家族・親族

岡田家
- (鳥取県境港市栄町・境港市明治町)
- 岡田家はもともと島根県の大田近くの久手から出た[6]。境港に移り住んで各種の事業を起こして産を成し、明治26年(1893年)には境通商銀行を創立してその経営にあたり、大正6年(1917年)には岡田汽船を創設するなど、この地方の有力な事業家としての系列を成している[6]。
- 大正8年(1919年)3月、岡田汽船は地元海運業者として初めて境・元山間に山陰丸を定期就航させた[7]。当時、元山方面との移出入貸物は微々たるもので損失は大きかったが、岡田汽船は若干の犠牲を払い境港振興のため航海を開始した[7]。岡田汽船によって従来釜山から帆船によって移入していた大豆は元山から移入され、また縄策、叺俵、木材などの移出量も増加した[7]。大正8年(1919年)の移出入額は前年に比べ三倍近くに跳ね上がっている[8]。また、岡田汽船は、昭和五年には境・鬱陵島航路を開設した[8]。
- 母・咲枝[12]