加藤千蔭の門人として学んだ和歌・書道に秀でており、書道と関わりが深い仮名文字の由来について研究を行った[2]。江戸時代、平仮名は空海、片仮名は吉備真備が制作したと信じられていた俗説が国学者の中でも信じられていた。しかし岡田はこれらの説に加担せず、平仮名は漢字の草書体が次第に書き崩されて成立したもの、片仮名は古代人の書記行為の中で自然と書き慣れて字画の省略が行われたものであり、特定の個人が何らかの命令を受けて工夫発明したものではないことを確信を持って推論している[3]。
著作として、『本朝書話』、『本朝墨帖論』、『假字類集』、『類假字格』、文政5年(1822年)に刊行された『仮字考』などがある[2][4]。和歌は『類題青藍集』などに採録されている。この他にも『古言梯』、『袋草紙』、『二十一代集』、『赤染衛門集』などの校合を行い、『月園翁旅日記』、『月楼日記』など自筆の紀行文が残っている[5]。
門人に窪田清音[6]、堀利邦がいる[7]。