岡留熊野座神社
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所在地
〒868-0415 熊本県球磨郡あさぎり町免田西1579
位置
北緯32度13分49.7秒 東経130度52分38.8秒 / 北緯32.230472度 東経130.877444度座標: 北緯32度13分49.7秒 東経130度52分38.8秒 / 北緯32.230472度 東経130.877444度
主祭神
伊邪那岐神、伊邪那美神、速玉男之大神
創建
弘安3年(1280年)
| 岡留熊野座神社 | |
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| 所在地 | 〒868-0415 熊本県球磨郡あさぎり町免田西1579 |
| 位置 | 北緯32度13分49.7秒 東経130度52分38.8秒 / 北緯32.230472度 東経130.877444度座標: 北緯32度13分49.7秒 東経130度52分38.8秒 / 北緯32.230472度 東経130.877444度 |
| 主祭神 | 伊邪那岐神、伊邪那美神、速玉男之大神 |
| 創建 | 弘安3年(1280年) |
| 本殿の様式 | 春日造 |
| 別名 | 幸福神社 |
| 例祭 | 11月8日 |
伊邪那岐神(いざなきのみこと)、伊邪那美神(いざなみのみこと)、速玉男之大神(はやたまおのおおかみ)を祀る。
由緒
大陸の超大国、元の皇帝フビライが日本に入貢を求めたが、鎌倉幕府は拒否した。そこで、元は文永11年(1274年)に壱岐・対馬に侵攻し、博多に迫ったが敗退した。元は、弘安4年(1281年)、再び日本に来襲したが、相良氏第3代当主相良頼俊が、弘安の役の蒙古襲来の際、相良一族を出征させるとともに、善男善女を集めて勝利を祈願したところ神風が吹き勝利した。この蒙古襲来の二度とも大風が起こって、元の艦船が沈没するものが多く、元が敗退する大きな要因になったといわれる。この弘安の役の前年、弘安3年(1280年)日本に戦乱が起きるのではという緊張がはしっていた頃、国家の安寧と、敵国降伏を祈るために建立された。
現在の社殿は、昭和6年(1931年)に造営されたもので、国家の保安を祈るために岡留神社を建立したと伝えられている。