岩佐新
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明治天皇の侍医を務めた男爵岩佐純の長男として福井に生まれる。大学予備門で学んだ後、1884年(明治17年)に大山巌欧州使節団、郷誠之助、松平康荘らとともに渡欧し、ウィーンを経て、1885年冬学期にミュンヘン大学に学籍登録し、1892年(明治25年)にフライブルク大学より医学博士の称号を得た[3]。翌年からはミュンヘン大学で内科助手を務めた[3]。ミュンヘン時代に画家の原田直次郎、陸軍軍医の森林太郎(森鷗外)と3人で映った写真が『新潮日本文学アルバム 森鴎外』(1985年刊)に収録されている。
1896年(明治29年)に帰国した後は父の開いた告成堂病院で診療にあたり[3]、1912年(明治45年)に父が死去すると男爵を襲爵し、告成堂病院院長を引き継いだ[4]。
1918年(大正7年)7月10日には貴族院議員に選出され[5]、公正会に所属して1924年(大正13年)12月25日まで在任した[2][6]。
