岩崎克己

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死没 1905年1月21日(1905-01-21)(-89歳没)
研究分野 言語学東洋史
岩崎 克己
人物情報
生誕 (1905-01-21) 1905年1月21日
日本の旗 日本 愛知県豊橋市
死没 1905年1月21日(1905-01-21)(-89歳没)
出身校 東京帝国大学東京外国語大学
学問
研究分野 言語学東洋史
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岩崎 克己(いわさき かつみ、1905年1月21日(明治38年) - 1993年11月20日)は日本の言語学者、歴史学者。

出生から修学期

1905年1月21日、愛知県豊橋市で生まれた。旧制第八高等学校を卒業後上京し、東京帝国大学英文科に進学。同大学大学院に進み、修了。その後、東京外国語大学に入学。東京外国語大学ではオランダ語ポルトガル語スペイン語ロシア語ドイツ語中国語チベット語等を習得し、卒業した。

語学教員時代(戦前)

修了後は、郁文館早稲田実業学校桜蔭学園などで英語教師として勤務。専門は語学であったが、東洋史に関する問題についても研究し、『書物展望』、『歴史地理』、『学鐙』などの論文を残した。1943年に応召し、中華民国に渡った。

太平洋戦争後

1946年に引き揚げ帰国。重要に思っていた蔵書や原稿類を福井に送って管理させていたが、福井空襲で焼失し、研究生活は一時頓挫せざるを得なくなった。戦後の生活は、弟・義信の経営する藤倉電線の代理店であった岩電産業に在籍し、生活費を稼いでしのいだ。その後新たに中国、チベットを中心にした研究を始める。晩年には岸田劉生手塚律蔵について執筆。趣味は園芸であった。

1993年11月20日に死去。享年88。

研究内容・業績

東洋史に関心を持って研究を進め、戦時中には、義経=ジンギスカン説を否定すべく自費出版『義経入夷渡満説書誌』を出版している。『前野蘭化』が一般には知名度が高い。

著作

参考文献

関連項目

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